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メディアの経年劣化(ローカルラジオ編)

前回の記事で、在京キー局に批判を加えました。ラジオ中心の生活を続ける場合、どうしても地方の県域ラジオ、コミュニティFMを選択肢に含めざるを得ません。

近年は、サイマルラジオで全国のラジオが聞けるようになり、利便性は向上しました。しかし、地方メディアも問題が皆無ではありません。

まず、小さい放送局では、編成や人事などが特定の人物に偏りやすいこと。その人物が、社長か会社の中心人物であればいいのですが、社長に権限が小さく現場の編成担当者に権限が集まりやすい。その結果、人事が片寄り番組内容がリスナーからかけ離れるケースは、決して少なくないことです。

もうひとつ、コミュニティFMに限って言及しますが、災害時に本当に役に立つ局は、そう多くないです。二ヶ月前の大雪の時に、行政から情報が取れる局とそうでない局では、大きな違いが出ました。

そもそも、朝の通勤時間帯に生ワイドをやっていない局も多いです。朝の七時台に生ワイドがないと、リスナーの利便性が損なわれます。8時開始は、ちょっと遅すぎます。

それから、コミュニティFMは、やはり人材難に陥りやすいこと。そのために番組内容の質が、どうしてもキー局より落ちるケースも見られます。公共の器として最低限維持すべきアナウンスの質やその他諸々が、どうしても落ちる局も散見されます。

現在、僕がメインで聞いているのは前橋シティFMと、TBSのゆうゆうワイド。あとは、栃木放送の臼井佳子アナウンサーの番組と、すまいるFMの夕方ワイドがせいぜい。京都リビングFMについては、聞く時もありますが頻度はだいぶ落ちました。

今後、聞く時間の配分は随時見直すつもりです。ラジオ受難の時代、と言わざるを得ません。

メディアの経年劣化(NHK、在京キー局編)

その昔、テレビが登場した時に某評論家が「電気紙芝居」と言っていました。同じ言葉は、コロムビア・トップ師匠もラジオで言っていました。まさに今、チャンネルの別を問わず、電気紙芝居化は急速に進行しております。

東京制作の味気ない番組よりも、地方局制作の番組が質が高いのは、周知の事実です。札幌テレビ放送が、鉄道ローカル線の懐かしい映像を使ってDVDを発売して、これが鉄道好きには好評な件は、このことを物語ります。

ここでは、主にラジオの在京キー局について掘り下げてみます。少し長くなりますがお読み下さい。




まず言及せざるを得ないのは、公共放送NHKの質の経年劣化です。これは、番組の質、アナウンサーのアナウンス面の両方です。

勿論、災害時に一番威力を発揮する放送局ですし、ラジオ深夜便、サンデージョッキー、関西土曜ほっとタイムなど、新会長の問題にもめげずに、優良番組が多いのは称賛致します。

一方で、NHK新会長の問題以前に、公共放送が経年劣化と言わざるを得ない現況を呈しております。

指摘せざるを得ないのは、放送の若返りが急進に過ぎて、一部番組は幼稚の域まで達していること。一例を挙げれば「歌の日曜散歩」という番組は、前任の鎌田アナウンサー(字が違っていたらお詫びします)の頃は、実に安定したアナウンスで、曲をかけるにしても解説が丁寧で、ナツメロもガンガンかかっていて、さすが公共放送と感心したものです。

ところが、金井アナウンサーに交代したあたりから、番組内容が後退しつつあるのを感じます。本日(3/30)聞いてみましたが、まず金井アナウンサーはいいとして、アシスタントの女性アナウンサーのアナウンスが、まるで前任者とは比較にならない。読み間違い頻発、地名は読めてもつっかえながらという、アナウンスの質の低下が顕著。

更に、ナツメロはほとんどかからないし、ほとんど曲の内容に触れずに曲をかけています。東京のバスガールという曲が流れていましたが、そもそもバスガールは女性のバスの車掌だと一言添えないと、リスナーには分かりにくい。たぶん、番組スタッフに歌謡曲に秀でた人がいないのでしょう。演歌からポップスから、適当に選んだとしか思えない選曲。

NHKに限らず、リスナーのお便りを適当に読んで適当に曲をかけている、と思われたら、番組の信用は終わりでしょう。歌の日曜散歩について、そこまでは言いませんが、質の経年劣化と指摘せざるを得ません。



一方で、在京キー局においても、問題は顕著です。その最たるものは、相次ぐ名物番組の打ち切り。TBSラジオに絞って書きますが、小堺一機さんと関根勤さんの「コサキン」は、若者に聞かれ続けていたものの五年ほど前に打ち切り。ゆうゆうワイドにおいても、森山良子さんや永六輔さんのコーナーが消えています。編成権の濫用と言われても仕方ない。

おそらく、土曜ワイドラジオ東京永六輔さんの番組)も局は打ち切りたいのでしょうが、親会社の毎日新聞がスポンサーで入っているので、番組の一命をとりとめております。

それから、やはりTBSに絞って書きますが、ラジオとテレビ兼営にありがちな、ラジオに力を入れていないのが露骨に分かること。例えば、野球中継のない秋冬に流れる「ラジオ寄席(よせ)」は、わざと大河ドラマの真裏に放送しております。時間帯への気配りがないのであれば、力を入れていないと言われても仕方ない。

それでもTBSラジオは、公共放送や他局の番組の経年劣化、いわゆる敵失に救われているのと、他局と違いワイド番組のMCが局アナ出身が多いので、まだ相対的に聞きやすさは残っております。

こうなると、各地に開局しているコミュニティFMサイマル放送を生活の一部に取り入れることになりますが、これも簡単ではありません。コミュニティFMや地方局については、別個にこのブログで論じてみます。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

大相撲、鶴竜関の優勝・昇進を祝う一方で…。

昨日は夜勤明けで、仮眠を取ってから、大相撲春場所の千秋楽をテレビで見ておりました。

結果はご存じの通り、鶴竜関が勝って優勝を決めて、二場所連続で優勝・優勝に準ずる成績となり、事実上の横綱決定となりました。

素晴らしい成績を挙げた鶴竜関には、心から祝福したいと思います。よく頑張りました。

その一方で、テレビ解説の北の富士さんが言及された通り、日本人の奮起を僕も望むところです。

モンゴル出身の横綱が3人になりますが、一人も日本人が横綱にいないのは、残念としか言い様がないです。日本のスポーツ・国技ですから、やはり、日本人が奮起しないことには始まらないですね。

勿論、それは排外主義とは明確に一線を画すところです。白鵬関といい日馬富士関といい、日本人以上に日本語、日本文化の理解に励み稽古を重ねており、尊敬こそすれど、文句をつけるつもりはないです。

ただ、幕内力士の土俵入りに日本人が少なくなりつつあるのを見るにつけ、残念だしさびしいのは、偽らざる気持ちです。

日本人力士、奮起せよ。

「前橋」のアクセント、なんと三通りもある。

僕は、群馬の某局のアナウンス講座で一年間学んだことがあります。従って、アナウンサーのアクセントなど、普通の人よりは関心をもって聞いております。

一番気になっているのが、「前橋」のアクセントです。

正しいアクセントは、「ま」にアクセントがあります。ところが、当の前橋市民はアクセント無しで平らに「まえばし」と発音します。某公共放送の某支局でも、平らに発音する「まえばし」が定着しております。

まあ、方言というものはどこの地域にもありますが、問題は、間違ったアクセントを正しいと思い込んで疑わない人が少なくないことです。それが行きすぎると、正しいアクセントを使うと、よそ者扱いされかねません。

他の例ですが、「中仙道」という言葉を正しいアクセントで使った時に、一部の高崎市民から白い目で見られたことがあります。長年群馬に住んでいたのに、よそ者に見られたな、と感じたことを覚えております。

よそ者扱いする人はごく一部なので、それ以上は言及しません。言わしておけ、というくらいに思っておけばいいでしょう。

厄介なのは、「前橋」の「え」にアクセントがつくパターンもあることです。恐らく、平らに「まえばし」と発音し始めて、慌てて直した結果として、二番目の「え」の文字にアクセントがついてしまったのでしょう。

このアクセントについては、群馬ローカル放送だけでなく、全国放送でも見受けられます。ま「え」ばし、と聞いてしまうのは、平らに発音するより気持ち悪いですね。

少なくとも、アナウンサーさんは、ちゃんと発音してくれないと困ります。すぐには治らないかも知れないですが、まずはアクセントを自覚するところから始めるべきでしょう。

他にも色々指摘できますが、今回は「前橋」に絞ってお話致しました。

亡くなったはずの母が、まだ銀行口座に生きていたとは。

前回の記事で書いた通り、母が亡くなって17年経ちます。月日は流れ、かつて親子で住み続けた高崎の貸家も、母の死後は一人暮らしとなり、その貸家も引き払い、本庄市で心機一転働いております。

そんな本日、夜勤明けで帰宅したところ、ある銀行から、なんと母宛に葉書が届きました(引っ越ししましたので、転送されて来ました)。

長年取り引きがないので、銀行口座の確認の葉書でした。びっくりしました。もう整理して何も口座は残っていないと思ってました。でも、ひとつあったんですね。しかも、母の命日の二日後という凄いタイミングで、銀行からの葉書が来た訳です。

ある意味、銀行口座に母がまだ生きていたんですね。

午後に銀行に電話しました。解約したい旨を申し上げて、必要書類を揃えることにしました。金額的にはごく少額です、何回か外食すれば消えてしまう程度のものですが、きちんと措置をしておきたいと思います。

不思議なタイミングで、不思議な葉書が届いたお話でした。

母の命日、3月12日。あれから17年。

1997年3月12日。僕は高崎の某病院の病室に泊まり込み、母とともに同じ部屋におりました。

午前3時ころ母の寝息を確認しましたが、そのあと一瞬眠ってしまいました。その間に、母は旅立って行きました。享年46歳。仲のよい親子が引き裂かれた瞬間でした。

その日のうちに高崎の自宅に、母は無言の帰宅。ご近所さんや親類が駆けつけて、慌ただしく時間が過ぎていったのを覚えております。

あれから17年経ちます。昨年暮れに本庄市に引っ越しして、新居で初めて迎える命日です。高崎の旧自宅はまだ残っていると思いますが、取り壊しが決まっていて、来年の今頃はもう無くなっているでしょう。

仕事で忙しくしていて、ゆっくり感傷に浸ることも出来ませんが、大震災の記憶とともに、生涯忘れることなど出来ません。ましてや、母方の祖母が亡くなったのが1998年3月11日。母を追うように一年遅れて旅立って行きました。この日付は、僕の魂に深く深く刻み込まれております。

孝行したい時に親はなし。

皆さん、身の回りの愛する人を大切になさって下さい。そして、愛する人を失った方々が沢山おられます。その方々の心に寄り添ってあげましょう。

どのみち再生可能エネルギーは導入するべきでしょう。

まず、三年前の東日本大震災で亡くなられた人の冥福を祈ります。そして、東北の復興が少しずつでも前進して欲しい、と強く思います。

さて、大震災と津波により原発事故が起きてしまったことは、記憶に新しいところです。脱原発、卒原発を訴える人が増えましたが、結局は以前のように原発を動かしていこうという流れになっています。

僕は、脱原発、卒原発に賛成の立場ですが、その賛否はここでは論じません。寧ろ、仮に原発を再稼働するにせよ、どのみち再生可能エネルギーで電力を生み出す必要があると思うのです。

原発賛成の論調にありがちなのが、再生可能エネルギーの電力は不安定だから、という点です。ならば問いますが、原発以外の電力は火力発電で事足れり、というのは違います。(注。水力発電もありますが、それは小規模な水流で発電できるものを、この場合の再生可能エネルギーに含めて論じます。)

火力発電には石油が必要です。石油を燃やせば排ガスと二酸化炭素が大量に出ます。燃やした石油は二度と返ってきません。円安傾向では輸入コストは上がり、地政学的リスクをも抱えることになります。

ならば、この火力発電の部分を、再生可能エネルギーで置き換えていくべきでしょう。欧米、特にヨーロッパは風力発電など再生可能エネルギーの実績があり、原発をなくす方向を打ち出す国もあるようです。日本の財力、人力、技術力をもって、再生可能エネルギーの導入は、段階的に出来るはずです。

ましてや、原発をなくすのであれば、国家プロジェクトとして取り組むべきでしょう、再生可能エネルギーは。

マスコミの論調や経済界のおっしゃることで、原発をとるか再生可能エネルギーをとるかという、不毛な二者択一に持ち込んで、だから原発しかないという結論を導く方々もいると思いますが、そんな話ではありません。

原発云々の以前に、再生可能エネルギーを導入しなければ、電力を始め私達の暮らしが持続可能でなくなる、と指摘して締めくくります。